小異を捨てて大同につき3学会を合併 - 前沢政次・日本プライマリ・ケア連合学会理事長に聞


 日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会の3学会がこの4月合併して、日本プライマリ・ケア連合学会が誕生した。この6月には第1回学術集会を開催する。プライマリ・ケアの担い手として総合医・家庭医の重要性が指摘される中、同学会の今後の活動が注目されている。
 連合学会の初代理事長に就任した前沢政次氏に、現状の医療の問題点、プライマリ・ケア関連の専門医制度をはじめ、今後の学会運営のあり方についてお聞きした
 
 3学会の合併は、そもそもいつ頃から検討されたでしょうか。

 2007年5月に、日本プライマリ・ケア学会の第30回学術集会が開催された頃です。日本医師会が生涯教育制度の見直しを検討しており、3学会に協力要請がありました。その議論の過程で、3学会がバラバラでいいのかという話が出たのがきっかけだと思います。

 ――「日本プライマリ・ケア連合学会理事長就任に当たって」で、「小異を捨てて大同につくことで合併にこぎつけた」とあります(同学会のホームページを参照)。「小異」あるいは「大同」とは何でしょうか。

 医療では、専門分化がますます進んでいく。住民にも、「専門医がそろっている大病院でないと、きちっと診てもらえない」という思いがある。これに対し、医療界もプライマリ・ケアの重要性をアピールできない。家庭医療、地域医療、総合医療など、様々な言葉を使っていますが、これらの臨床上の共通点をもう少しアピールしていくべきでは、という思いが一番強いのではないでしょうか。

 ――では「小異」とは。3学会の相違はどの辺りでしょうか。

 各学会の設立の経緯に関連しますが、日本プライマリ・ケア学会は、実地医家のための集まりが母体で、内科、小児科をはじめ、眼科、皮膚科、耳鼻咽喉科なども含め、様々な診療科の先生が所属しています。「全人的医療」という共通点があるものの、診療の仕方には相違がある。次に日本家庭医療学会ですが、「垂直型の臓器別専門医」に対して、「水平型の専門医」という言い方もしてきましたが、「プライマリ・ケアの専門医」「家庭医」として、医学生や研修医など若い人に対して提示、教育していくことが必要という考えから発足しました。

 ――日本プライマリ・ケア学会には、もともとは専門性を持ち、開業などを機会に裾野を広げるというやり方をされている先生方が多い。

 そうした方が多いですね。共通点が全人的医療で、体だけではなく、心も診るという思いは非常に強いのは確かですが。

 ――ただ、それを次世代に受け継ぐための方法論が難しい。

 はい。「プライマリ・ケア医」「家庭医」といった医師像を提示しないと、なかなか理解してもらえない。それがこれまでの弱さでした。

 ――日本総合医療学会には、病院勤務の先生方が多いようですが、「総合診療部」が果たしている役割には病院による相違があります。

  病院には、専門医がそろっているわけです。そこで「総合診療部」が果たす役割は病院によって異なり、そこにまた「小異」があります。初診の患者さんをすべて診ている病院があれば、紹介状を持たずかつ受診する科が分からない患者さんだけを診る、あるいは他の診療科で診断が付かない患者さんを診るなど、様々です。また総合診療部が修医などの教育機能を担っている例も少なくありません。

 ――では、専門分化の弊害が出てきたのはいつ頃だとお考えでしょうか。

 はっきりとした区切りを言うのは難しいのですが、1980年代から弊害は出ていたと思うのですが、1990年代でしょうか。特に1990年代後半、医療ミスが問題視されるようになりましたが、専門医の驕りがこうした形で顕在化したのでは、とも思っています。

 別の角度から見ると、「看取り」の問題があります。病院と在宅のどちらで最期を迎えるかですが、その割合がほぼ半々になったのは1976年だったと思います。その頃から、患者側の病院志向が強まった。一方で、「家族機能」が弱ってきて、家族介護が期待できなくなった。さらに2004年に新臨床研修制度がスタートしましたが、制度の疲労を健在化させた。

 ――研修制度は、医師養成のあり方としてはどう見ているのでしょうか。

 大学医局には、自分の医局員の数を増やすことが、診療実績や研究業績を上げることにつながるという考えが見られます。研修医の側も「寄らば大樹の陰」という意識があった。

 私自身は1971年に卒業して、「大学病院にいて、本当に臨床の勉強になるのか。研修病院で数多くの症例を経験したい」という思いから、当時としては珍しかったのですが、すぐに大学の外に出ました。今の若い医師たちも、必修化以前から、大学病院の研修に疑問を抱いており、新臨床研修制度でマッチングシステムが導入され、それが一挙に健在化したのではないでしょうか。

 新臨床研修制度は、考え方としては間違ってはいませんが、やや急激に変わりすぎたところは問題だとは思います。大学では医師不足に陥り、医師の“引き揚げ”などが起きた。

 もっとも、従来から東北大学や名古屋大学では、初期研修の2年間は大学以外の病院で研修する方式でした。研修医にとっては、症例の豊富なところで研修するのは、初期の技術力を付けるという意味で望ましいことでしょう。したがって、「大学病院が大変」という理由で、今の臨床研修制度をいきなり否定するのは問題ではないでしょうか。

 ――では、改めてお聞きしますが、専門分化が進んだ弊害は今、どのような形で現れているとお考えですか。

 二つの大きな問題があり、一つは高齢者医療です。高齢者は複数の疾患を持っており、開業医を“ハシゴ”する。病院に行っても、1日がかりで複数の診療科を回る。“細切れ”の医療で全体を診てもらうようになっている。(2008年改定で導入された)「後期高齢者総合診療料」には批判が出ましたが、総合医的な発想がそこにはあったと思うのです。医療の質や効率性、医療費の点から言っても、一人の医師が一人の患者全体を診る、必要な場合に専門医に相談するという形がやはり望ましい。

 もう一つは、医師不足の問題と関連しますが、中小病院、特に公的病院で大学病院に医師派遣を依存しているところが、医師の引き揚げにより困っている。例えば、内科医が5、6人の病院では、循環器、呼吸器、消化器などと専門医を一人ずつそろえていたのでは、そこにひずみが生じてしまう。本来、こうした中小病院では、総合内科的に外来、入院ともに機能しなければならないのに、弱体化してしまう。総合内科的な医師をきちんと育成してこなかった弊害が、この辺りに生じているとも言えます。

 ――総合医・家庭医が必要な一方で、高度専門医療、さらには基礎医学の担い手なども養成していくことが必要です。その中での養成のあり方をどうお考えでしょうか。

 イギリスのように厳密に決めなくても、各医師の考えを尊重する必要はありますが、専門医、総合医などの緩やかな区分けは必要ではないかと思います。国、医療界、医育機関などが検討し、総合医・家庭医が3割、4割、5割などと決めていく。

 ――それは、卒業時なのか、あるは初期研修修了時なのでしょうか。

 現行制度では、初期研修の2年間で幅広く様々なことを経験しながら、自分の専門を見極めることになるでしょう。今後、卒前の教育が充実してくれば、卒業時に判断し、卒後2年間の研修も、専門コース、総合コースと分けることなども考えられるでしょう。

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投稿者: 日時: 2010年6月19日 23:01 | パーマリンク |TOPページへ   ▲画面上へ